薄毛に神経質になって対策を講じる一方達観した心も

一旦薄毛化が始まるともう止まらない、という事はこれまで見たり聞いたりした周囲の体験談から見ても明らかでしたから、自分自身が30代に入って薄毛化が始まった時、来るべきものが来たか、とむしろ冷静に状況を分析出来ていた様な気がした一方、強めな自意識と今後どう折り合いを付けて生きてゆくべきか、結構真剣に悩んだものでした。

元々頭が大きかった事もあり、下手にファッションに気を使っても似合わないだろう、と諦めていたのですが、薄毛化が進み頭がみすぼらしくなってくると、逆にファッション面で少しフォローしてあげないと欠点ばかりになってしまう、と、案の定神経質に考え出してしまいました。

結局何かしなければ、という思いが先に立ち、薄毛が目立たない様思い切り短く刈り上げる一方、筋トレを欠かさず行い上半身を逞しくデカ頭が強調されない様努め、同時にファッションにも気を配り、むしろ爽やかな印象を周囲に与えられる様にしたのでした。

筋トレはともかく、ファッションと言ってもそう難しい事は考えず、これまでの半ば投げやりなダボダボな服を着るのを止め、身体のラインがスッキリ見えるスリム系の服で全身を纏め上げる、という方向性で服をチョイスし始めました。

それにより強調されがちな頭の大きさは、刈り上げて髪のボリュームをほぼゼロに抑える事と、筋トレによる上半身の拡大で何とかフォロー出来ないかと考えました。

結局そこまで理想的にフォローする事は出来なかったのですが、それでも服をシュッと綺麗に纏めるという意識が定着し、街中に出ても薄毛を恥ずかしがらずに済む程度の自信を植え付ける事が出来ました。

筋トレのせいで身体が引き締まり随分と健康的になりましたし、常に髪の毛も短くした事で薄毛に対する自意識が随分と軽減されているのを感じました。

自分に次第に自信が蘇ってくる事によって、人は人、自分は自分という割り切りが出来る様になったのが大きいでしょう。

達観する事によって自分の薄毛をメンタル的に克服出来るというのは、ちょっと悲しいものですが、当面薄毛の医療的な克服が難しいという事実があり、唯一の解決方かも知れません。

ちょっとテレビをつければ薄毛や禿げ坊主のタレントや有名人がスタイリッシュな服に身を包み、堂々とコメントしたり動き回ったりしています。

彼等のレベルにまでなれという訳ではありませんが、それらの半分でもパワーを貰い、自分も堂々として生きていきたいもの。

身体を直接害する病気では無いのですから、メンタルの持ち方一つで元気になれる筈なのです。

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